23.5.8 SANUKIReMIX1アーティザンインタビュー~川口屋漆器店 佐々木康之さん

1946年祖父の代に創業。自身は3代目。香川漆器は菓子器や盆など様々な生活シーンで幅広く使われています。多彩で優雅な色漆が美しく「蒟醤(きんま)」「存清(ぞんせい)」「彫漆」「後藤塗」「象谷塗」など5つの技法で知られており、脈々と受け継がれる伝統工芸。日々の道具として10年15年と使い続けられる漆器を生み出す職人の技を受け継ぐ工房です。

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川口屋漆器店 佐々木康之さん

 ―まずはご自身のことについて教えていただけますか?

子供の頃から家業というだけでなく家庭で日常的に使っていたこともあり、漆器はもちろん身近な存在ではありましたが、大学を卒業するまでは、後継者としてという意識はなかったです。就職氷河期を体験したのち、地元に帰ってくるタイミングで漆器に本格的に向き合い始めました。
昔はほとんど「卸し」で注文を受けたものを制作していましたが目に見えて注文数は減っていて、漆器業界を知るにつれ、このままではいけないという危機感を抱くようになりました。待っているだけでは何も起きないので、全国の器祭りなどイベントに出展し始めました。

―出展してみていかがでしたか?

漆器というものに対しての認知度があまりにもないことを痛感しました。漆器自体がどんなものなのかわからない人もたくさんいました。知らなければ使ってもらえませんし、知っていても扱いが難しいというイメージがあってなかなか手に取ってもらえないようでは、使う人が減っていくだけです。
もっと同年代の人にかっこいいと思われるものを作りたいと考えるようになりました。

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塗りの作業

―その思いが2016年のオリジナルブランド立ち上げにつながったのでしょうか?

もともとあったショールームを改築したときに雑貨なども置くことになりました。そこは工房の二階で、かつて20人ほどいた職人さんたちが休憩する場所でした。そのお店の名前を考えていた時に「87.5」という数字が思い浮かびました。これは四国88カ所霊場の87番と88番の真ん中にお店が位置していることを表しています。「和」のイメージが強い漆器のアイテムに「数字」という店名が好評で、そのままブランド名としても使用することになりました。

―ポップな色使いも魅力的ですし、若い人が手に取りやすいことを意識されましたか?

メイドイン香川の漆器にもっと注目してもらえるようにと考えました。「いつも暮らしの中で、幸せを感じられる道具」がコンセプト。ポップな色を使うことで若い年齢層にも、今欲しい、今使いたいと感じてもらえるデザインになったと思います。使いやすさや親しみやすさが生まれれば自然と漆器の良さを感じ取ってもらえると考えました。漆自体はもともとあめ色をしており、そこに顔料を混ぜることで色ができます。多色使いは香川漆器の伝統的技法としてもともと存在していたものですし、色や形にちょっと変化を加えることで見え方が変わるんだと感じました。

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87.5ギャラリーショップの様子

―若い人の反応は変わってきていますか?

徐々にという感覚でしかありませんが、ちょっとずつ裾野が広がっているようには感じています。斬新なことをしているわけではないので、例えば今まで食卓に並んでいた食器すべてを漆器に変えるのではなく、洋服のように彩のアクセントに取り入れてもらえたらと思います。

「SANUKI ReMIX」について

―参加を打診された時はどう思われましたか?

打診された時には東京で活躍されている世界一のシェフとコラボするということは決まっていました。ただ、そのお披露目が4か月後ということでしたので、漆器には「塗り」だけでなく「木地」を作るという工程もあるため、新しい漆器を一から生み出すには時間がどうしても足りませんでした。今ある漆器の形を使用して色を変えるなどアレンジを加えることはできるなど可能なこと不可能なことをまずは伝えました。

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木地

―マッチングの日はどのように臨まれたのでしょうか?

楠本シェフと初めて会いました。記者発表の前に工房に来てもらい、今工房にあるものを見てもらいながら、香川漆器について説明しました。漆器が100%自然由来のモノからできていて、直しながら長く使えることなど、もともとサステナブルな存在であることから「時代が追いついてきたね」という話になったように思います。シェフの料理とも親和性が高いと感じました。その中で、一目でかっこいいと気に入ってもらえた器があり、その場で使うことが決まりました。マッチングの時点で、今から新しく作り出す他の職人さんとは少し違う心境で会見に臨んでいた気がします。

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3者がタッグを組んだ「薫」

―では、お料理が盛られた器を目にされてみていかがでしたか?

自分の作ってきた器が生き生きとしているように感じました。本来は「蓋」として使われるものを「お皿」として使用する方法は新しいアイデアでした。シェフの中では器を見た瞬間に以前の経験から「枯山水」をイメージした盛り付けが浮かんでいたようです。

―完成したものは召し上がりましたか?

とても感動しました。お料理の見た目はもちろん素晴らしかったのですが、それ以上に味わいに衝撃を受けました。今までヴィーガンに触れたことがなかったので、どうしても物足りなさを感じるのではないかと思っていましたが、想像とは全く違うものでした。満足感のある味わいや食感などシェフの腕前を存分に感じることができました。

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完成した料理

―SANUKI ReMIXを終えて今のお気持ちはいかがでしょうか?

参加してよかったです。普段は知り合えないコミュニケーションをとることがない人と触れ合えたことは自分にとって大きな刺激になりました。また、チームとして仲良くなることができたので、より楽しめたと思います。扱っているものは違っても引き継いだ伝統工芸の環境に置かれる身として、話ができたことも新鮮でした。

―もし次回があるならどうでしょうか?

今回は自分の作った製品を使うことになり、そのままを認めてもらえたうれしさがありました。ただ、他の職人の方が新しいモノづくりに挑戦する姿も目の当たりにしましたので、少し羨ましくも感じました。もし時間が許すなら、今度はアーティストと新しいものを一から生み出す取り組みにも挑戦してみたいです。いろいろな業種とのマッチングの可能性を感じることもできました。

―今後の目標や消費者に今こそ知ってほしいことは何でしょうか?

まずは自分の世代をしっかりとやり切ることです。続けることができてこそ、次の世代を考えることができます。アート作品としての漆器ももちろん魅力はありますが、漆器は使い込むことで成長する製品としても優秀な存在です。艶が出てきたり、手触りが良くなったりと愛情に応えてくれるし、割れにくく、熱も伝えにくい。若い世代からもっと身近な存在になれるよう、カッコいいと思われる製品作りはもちろん、イベントやSNSなど発信力もつけていきたいと考えています。